2005.1


揚子江飯店のよっちゃん。がロゴを作ってくださいました〜♪
感謝♪

心身共に色々あったので、やすらぎを求めてネット上を彷徨っておりました。
本も読みました。一般出版、同人誌の別無く。
そうして、思ったことや感じたことのうち、半端な部分――
「どのページにも、ちょっとなー」という欠片を此処にまとめていこうと思います。
当然整理もできてない部分です。そもそも整理整頓は苦手だし…
なので、扉を付けました。
ネガの煩悩の形を見てやろうという物好き、いえ奇特な方はこちらへ
そんなもん見たくないから戻りたいという方はこちらへ
どんな煩悩なんだ?とお迷いの方は以下の駄文を参考にどうぞ。
2001年3月分の「欠片」はページを改めました。
2001年5月分の欠片
2001年6月分の『欠片』
2001年8月分の『欠片』
2001年9・10月分の『欠片』
2001年11月分の『欠片』
2001年12月分の『欠片』
2002年1月分の『欠片』
2002年2〜3月分の『欠片』
2002年4月分の『欠片』
2002年5〜6月分の『欠片』
2002年7〜8月分の『欠片』
2002年11〜12月分の『欠片』
2003年1〜5月分の『欠片』
2003年6月〜11月分の『欠片』
2003年12月〜2004年11月分の『欠片』
2005年の『欠片』


★ 窓から撤退?  2007.1.28
ちらっと聞こえてきたんですが。政府、脱○イクロ○フトを目指すそうですよ。今後5年を目途に窓止めるつもりだそうです。で、りなっくすさんに走るとか。表向きの理由は一応、一私企業にばかり利潤をもたらすのはいかがなものかというんですが、本音のところは「お金がない!」&アメリカ寄りの前首相に比べ、現首相は欧州寄りということも関係してるみたいです。(欧州はかなりの国の政府がりなっくすを使い出してますものね)「なので、ワードやエクセルも無くなります〜」は?「今使ってる分(期限付きの使用契約…)の期限が切れたら次は入ってきません〜」んじゃ、どうするんです?「お金がかからないフリーソフトを導入しま〜す」!!!ま、また一からやり直しかいっ。私ゃよーやっとエクセルに慣れてきたとこなのにーー
たださえエクセルなんて、2代前くらいになると読み込まなかったりするのに。今作ってるデータはどうなるんですか!「ゴミになるんですね〜」かけてきた労力も蓄えてきたスキルも作り上げてきたデータもぱーですか、あーそーですか。
フリーソフトもそりゃいいけど、何かあったときのメーカーサポートは無いわけですからね。何かあったときはどーするのかなー、詳しくない人に教えるときはどーするのかなー(遠い目)
なお、一太郎君は大丈夫だそうです。りなっくす版の一太郎が既にあるから〜
でもねー、絶対窓と手を切るなんてできっこないと思うんですよねー。貿易黒字だ!の一言でかってトロンを葬り去ったお国ですからね。パソコンに詳しい人に聞いてみても、みーんな絶対できないと声をそろえてます。できたら、政府見直してやってもいいそうです。
賭けてもいいですが、合衆国大統領の一言で腰砕けになりますね。で、フリーソフト導入とやらに向けて走り回った現場の苦労はポイ捨てされるんだわ(▼▼) と仮定の話で怒っていても胃に悪いので。ここらで切り上げ。
ここは一つ自己チューになって、私が退職するまではドタバタ起こさないでいてくれますように祈っておこう。


★ 幻の東京万博(昭和15年)  2007.1.28
身内だけで終わらすには、とっても惜しいネタだったので、しつこくカキカキ。
勝ち鬨橋と晴海の物語です。晴海というとしみじみするという方も、減ってきてるかもしれませんが(私自身、晴海のときはホントにお客気分だったし)今回一泊したホテルの窓から勝ち鬨橋(と、その向こうのビル群)がよく見えて。それがまた、美しかったんですよね。
勝ち鬨橋の名前は以前から知ってはいたのですが、これが昭和15年に予定されていた東京万博のための交通システムとは知りませんでした。東京で万博をと言う計画は戦前からあったんですね。で、昭和15年=皇紀2600年、国威発揚の絶好の場、というわけで話が本決まりになってパンフまでできてたらしいんですが。その後の歴史の示す通り、戦争拡大によってすべてぱー、あとには埋め立て地と勝ち鬨橋が残ったわけです。決定の経緯は知らず、日本初の万博を夢みて、その実現に奔走した人たちもいたでしょうにねえ。
その幻と終わった万博の予定地が(晴海)だそうで。そうか、晴海時代のオタクは戦前の叶えられなかった夢の跡地に集っていたのね。アニメ『東京ゴッドファーザーズ』にも、この土地のイメージは使われてるとか。もう一度見直してみようかな。でググってたら、獅子文六の『自由学校』にも、晴海が出てくるそうです。「4号地」という名前で。で、「5号地」が豊洲。『自由学校』はけっこう何度も読んだはずなのに、そんな言葉、全然気がつきませんでした。やっぱ関心が無ければ気づかないものなんですね。
今、その地には、新しいビルが続々と建設されています。それは東京の繁栄の証であり…… 地方の没落を背景に東京の巨大化があると言うこともできます。ある意味、仕方ないことではあります。私だって、せっせと東京に行ってるのですからね。(ええ、ホテル税まで上乗せして払ってね)
いっそこうなったら、どこまでも突っ走っていただくのもありかと。張りぼてだろうと何だろうと一つの文化の形を残してくれるなら、貢いだ方、養分となった方もまだ報われるというものでしょう。
写真は、夕暮れの勝ち鬨橋と、建築中のビルの屋上に並んだクレーンです。
ちとレトロチックにいじってみました。



このページの壁紙、アイコン等の素材は、Asha's Graphics Garden様からいただきました。「高みのガーゴイル」のセットです。


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