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| 著者名 タイトル 出版社 値段 ページ数 |
心に残った言葉 | コメント |
田口ランディ 『ハーモニーの幸せ』 角川書店 \1300 369ページ 2002.7.15発行 |
何となく田口ランディが巫女とかシャーマンとか言われる理由が分かったような気がします。 彼女は、人が一番ほしがってる言葉をくれるんですね。 今、人が一番欲しいのは、言葉じゃなかろうか。物よりもずっと。 力のある言葉を、もっとも欲している人に渡すことができる。それはやっぱりすごいことだと思うです。 えっと〜妄想を育てる力もあるようです(^^:;)、ま、アレも言葉を糧にしてるもんだから(^_^;) ・私は、やっぱり自分をとても不完全な存在のように感じている。だから、成長しなくてはと思っているところがある。だけど、考えてみたら、もって生まれたもので死ぬまでまかなうのが人間だ。 ・私は意識をもって、生き物達のハーモニーの美しさを認識できるのだ。それはもしかしたら神様にとても近いものかもしれない。地球がつくりあげた奇跡の芸術のような複雑な生態系、そのハーモニーを、その美を認識できるのはこの地上で、人間だけなのだ。 ・ヴァーチャルな人間関係を知ったことが、わたしにとってはとてもよかったのかもしれない。離れ離れで暮らしていても、必要なときにポンって繋がれる。そんな自分を手に入れたような気がする。 ・人生をおもしろいと思うということは、常に私を取り巻く私の環境が変化して作る枠組みの中から、逃げ切ることなのだ。環境が私を作るが、私はその環境から常に逃げて、枠の外にいる必要があるのだ。それがおもしろいということなのだ。世界はイリュージョンなのだ。ひとつの枠組みはすぐに消えて、気がつくと新しい枠組みの中に閉じこめられている。それを察知するためのセンサーこそ「つまらない」という感覚なのだ。 |
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『堀田善衛詩集』 1942〜1966 集英社 \3150 197ページ 1999.6.10発行 |
あんまりこの方の作品は読んでないんだけど、「生と死のあわいから」という帯のフレーズに惹かれて手に取りました。「全詩作42編」完全収録なので、この本を読めば、堀田善衛(の一部)を追ったことになるわけです。 若い頃の詩がやはり勢いがあります。タイトルを並べても、どんなだろうという気にさせます。「……のであった」「今宵何を語らう……」後期の詩は、諧謔味があって、またいいものだけどね。 「若死にをした友たち/かれらの明るい言葉をつたへることが/これからの私らの仕事であらう」(『戦争』1948) このフレーズに、この方もまた、戦争を体験した人なんだなぁとしみじみ。膨大な死に囲まれて、そこから戦後という“生の領域”に戻ってきた人なのですね。 今回一番好きな詩は、これ↓ 「今宵何を語らう……」1943 かうした夜、せきあげてくるものをとめてはいけない。 散る花の、散りぎはの一声の叫び。それはかつて私の嘆きであつた。 だか散るがままにまかせるがいい。花のねがひは 叶へられたのだ。誰も見ずとも、忘れられても、夢のやうにも。 済みきつた月にむかひ、今宵私は何を語らう。 |
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信田さよ子 『脱常識の家族づくり』 中公新書ラクレ \680 218ページ 2001.11.15発行 |
最初にお断り。私にはとっても有益な本でした。でも、とーっても一方的な読み方をしています。 どうしても、私は親の立場には立てないから。 私が必要とするのは、自分を押しとどめてくれるブレーキ。そして、自分を保つ拠り所としてのプライド。 「愛されている子ども」を憎まないために。プライドを持って「あとから来る者の幸せ」を願うために。 ・これから私たちは、今まで常識的に「こういうものだ」と思ってきたものを、本当にそうなのかな、とひっくり返していく必要があるのではないでしょうか。 それは何のためにやるのかといえば、私たち自身が生きやすくするためにやるのです。けっして社会のためでもなく、子どものためでもなく、その他のためでもない、「この私が生きやすくなるためにやる」という、このシンプルな原点をもう少し考える必要があるんじゃないかと思います。 ・困るというのは変化を起こす原動力ですが、他人のことより自分のことで困るようにしないといけません。 ・感じたことを「とことんやる」というか、「とことん認める」ということが、変化の転換点になるのではないかと考えます。やはり一番いけないのは、グチャグチャ文句を言って、ハァーッとため息をついて、「私はなんて不幸なんだろう」といいながら、その不幸をちっとも見つめようとしないで、自分でなくて、周りの人のほうを変えることばかりに狂奔することです。 ・人間は自分ががまんしたことをそのまま自分で背負えるほど強くないのです。がまんすればきっと「こんなにがまんしたから、あなたはこうなって」と自分より弱い人に押しつけてしまいます。これは家族の権力構造です。 |
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田口ランディ 『根をもつこと、翼をもつこと』 晶文社 \1400 292ページ 2001.10.30発行 |
やっぱりいいなぁ、この人の文章。腑に落ちるってのかな。素直にうなずけるんだわ。 多分、与えられるだけではダメなのだ。自分が選んだものでなければ…… 「自分が自分の意志で自分の人生を引き受けることができるようにまで成長したときに」 んでもって、すごく遅かったと思う。「次の世代」のことどころじゃなかったものねぇ。自分のことで手一杯で(--;)忸怩ってこういうときに使うんだろうな。 ・私は20歳の青年たちよりも、21年もたくさん生きている。彼らから見たら「大人」なんだと思う。そして、20年もたくさん生きてきたのに、私が「次の世代」について考え始めたのはここ5年くらいだ。 ・「縁」ということをこのごろ考える。 40年くらい生きてくると、ようやく10年20年のパースペクティブを思い描くことになる。そうすると、どうも人生にはある奇妙な偏りが存在するように思えてくる。似た者同士が引きあう。そんな感じ。潮だまりに漂流物が集まる。そんな感じだ。それを、たぶん昔の人は「縁」と読んだんだろう。 ・ありのままであれば、憎しみですら人は受け入れる力をもつこともった。隠された悪意にこそ人は敏感なのだ。 |
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昨年の記録は、こちらです。
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