「なんじゃ、こりゃ」と思われた方は、速やかにお戻りください。
お互いの心の平安のためです

ひょんな事から、巡り会ったコミックマーケット。何でもありの自在さと、「好きなモノは好き!」というパワーが、救いをくれました。

・書き込みは、順不同です。ここまでいらっしゃった方なら、読んでいくのも嫌じゃないだろうと独断。
・ホームページをお持ちで、かつOKいただけたサークルさんには、リンクを貼りました。

  2003年春〜のご報告
少しずつ更新します。蟻くらいのスピードですかしら。;^_^A
サークル名 ジャンル タイトル コメント



EAST-M
アニパロ
ワンピース(副×シャン)マンガ
『永遠の日々…』 こちらはシャンクスが副に手を差し伸べるのですよ(^^ 「恐い夢でも見たのか」こんなこと言われたら、副でなくたって抱きしめてしまう〜――ああ、私も言われてみたい。
シャンクスと共にいて幸せなはずなのに、不安に押し潰されそうになる副船長――「わかんねーから心配なんだろ?」何故か分かれば、何とかするだろうに…でも、どうしようもないのね。シャンクスがシャンクスである限り、同じ場に遭遇すれば同じ事をするだろう。
私的には、副の髪が短くなったのはこういう訳か〜とおまけが付いた気分です(^^




Vermilion
アニパロ
ワンピース(副×シャン)小説
『Abandon/Thirst』 『海藍 青の時代』に寄稿されてた「花はどこへ行った」から続けて読んだのですが、そっかこういう状況もあったか〜いやー副の苦悩っぷりがツボですわ〜 ←ひでえ言いぐさ。この延々ぶりに堪能させていただきました。納得なんですな。いじけてるベンがあまりにらしいだもんで、すごくハイになってます。天性のものに対して、どこか引け目を感じてる副というのは、すごく分かりやすい。さもありなんと言うか。努力して身につけたものは所詮ニセモノではないか、自分でなくても代わりがいるのだと暗ーくなってるベンが可愛くてね〜で、でも、今回でちゃんと行き着くとこまで行ったんだし、本望ではないかと(^_^;)「一人で勝手に、オレのことで傷付いたりするなよ……」なんて言われて、何の不服があるってもんです(; ̄ー ̄)ああ、でもその口の下から「束縛されるのは御免だけど」「妬かれるのは悪くない」と言い放つのだから、ほんとにもうこのお頭は。好きですわ〜
あ、老仙女さんも好き。さすが年の功というか、シャンクスもいいようにあしらってる、食えないばーさん♪


べたなぎ
アニパロ
ワンピース(副×シャン)マンガ
『海藍 青の時代』(個人誌)
『悪党』(合同誌)
まだ若い(ヤソップ言うところの若僧)ベンとシャンクスのお話。
で、手、なの。シャンクスの戦闘シーンは美しく、ベンの涙という滅多にお目にかかれないものも拝めるけど、私的には、とにかく手!差しのべられる手。重ねられる手。握りしめられる手。こんなふうに手を取り合って、二人、海賊としての時を刻んできたんだなぁとしみじみ見惚れました。いずれ失われることを知っているだけに切ない。
そうして、『悪党』(合同誌)へと時は流れていく――
左を失ってなお、シャンクスは自分を否定しない。ある意味自分に満足している。「欲しいものは手の内にある」というとおり、彼はどこにあっても王国の主――けれど他人を、世界を拒まない。他人に拝謁を求めない。他者が勝手に振り回されてしまうだけ――ドリーム入ってますね(//▽///)
藤木様、笠置様のSSは、ともに女性との関わり(一方はちと幼すぎたりもするけど)藤木様のシャンクスは、さながら魔法使い。笠置様のシャンクスには惚気られた気分だったりして。彼らは間違いなく悪党で、だからこそかっこいいです。テナーもメイベルも、彼ら二人から逃れられないだろうな。ああ、もっと逃れられないのは、ベンですね。銜え煙草を横からかすめられたとき、傷痕をたどって血痕を拭われたとき、きっと心の中で呟いてたと思いますね。「この悪党!」(^O^)



べたなぎ
アニパロ
ワンピース(副×シャン)マンガ
『Secret Night』 今回副×シャン本では、初めて物語が多かったのですが、いやーさすがの迫力でしょう。
べたなぎ様の全5ページフルカラー本。これからのお楽しみにしている方のためにちょっくら文字を反転させときました。
横のお嬢様が「ホント大人の絵本ですねぇ」としみじみ言われてましたが、全く同感(うまいこと言う♪)
裏表紙の拗ねた口元のベンが、シャンクスをその腕の中に抱え込んで、すごく幸せそうに笑うのですよ。
それもとろけそうなと言うのでなく、そう獲物を引き裂く獣のような。
我が手にかけたものは最後まで啜り尽くすだろう思いの深さを感じさせる目であり、口吻です。
まー「男=己」になってるその独尊振りをば何と申せばいいか(^^; 
でも、まぁ、我が身体さえ「好きなだけくれてやる」と言える男が相手なんだからしようがないか。
睦言すらマジな真剣勝負。こういう場合言う言葉は、もうこれしかないですな「ごちそうさまです」
はい(^^


天然危険物
(NBL)
アニパロ
ワンピース(エース×副)マンガ
『Sirene』(真ん中のeの上の記号が出ない〜)
今回、声がテーマ♪アルゴー号とセイレーンのエピソードを絡めて、Sirene TougeとSirene Noirの2本立て。もうもうびっちり大人のムードです。
「海の底へ引きずり込まれ」ると言い、「この声が俺の中に入り込んでくる」と言う。その声を独占せずにはいられなくて、その声には逆らえなくて、というどちらの言い分もすごく説得力があるです。
お互いがお互いに魅了されてますね(^^ 
えーと表紙のシャンクスはハルピュイアのイメージを感じたのですが、裏表紙のベンは私的にはシレーネ。ええ、『デビルマン』中、最高の美女ですな。もしかしたら、日本漫画史上でも有数の美女かもしれない。
ここのベンはすこぶる美形なんです。そーいや、と連想したのがオタク旅に持参した本のこーいうところ<「声」について>です。
劇団さくらBX アニパロ
ワンピース(副×シャン)マンガ


『Dream's a dream』
『夢路』の前編。
今回、戦闘シーンが一段とスピードアップしてて、もう惚れ惚れしますね。特にお頭の出番多いから。人の手や足、各部のパーツはこんなにしなやかに動くんだなぁ〜描けるんだな〜(//▽///)
で、平時は何してるかっつうと――まーお頭。誘う誘う〜それも押して押しての不器用さで。まるきり初恋…なんだけど。ヤソップにも「押してばっかじゃ」と言われる頭ってのも(^_^;)
そうして、見事に手に入れるんですな。“ベックマン”を。体を張って。自分を知ってるからこそセーブしていたベンの枷を引っぺがし、同じ土俵に引きずり出す。最終ページ及びその直前のページ!
引きずり出されたベンの笑いと引きずり出したシャンクスの笑いは、見事なまでの対になっていて――ケダモノです。美しいです。ええ、後ろなんか振り向かずに突っ走ってください、と言うしかありませぬな〜ああ、満足〜♪
プロジェクトR ミステリーパロ
マンガ
京極夏彦


『きれのじばん』
またまた木場受難劇というか。そうは見えないところが木場の不幸というか。
3行から5行、繰り返される文のリズムが、効果的で。どんどん追い立てられていく木場の気持ちへと読んでて同調していってしまいますまぁ、玉ころがし云々なんて言われたら、そりゃー焦るでしょうけど。(木場だから)
また、わざと煽ってるのかってくらい、司くんの話のもっていきようが上手いのですよ。まー木場、すっかり頭の中、右往左往です(^^あげく暴発です。かわいそうにというべきなのか。結局やるこたやったんだから、幸せもんというか、さーどっちでしょうね。私としては、あのころのほの暗い電灯のしたで赤い○○姿を拝んだんなら…と思いますが。
HODO2 PROJECT アニパロ
SD 流×花 小説



『春に見た夢 弐』
パラレル『春に見た夢』の続きというか、現代版。夢に忍び寄ってくる前世に影響されていく二人。二人を前世では愛し合う男女だったと置き換えることによって、「愛しているのに不幸」を描こうとしています。
かなり困難な取り組みだと思います。何故かというと、ハナミチの支えとなる理念が現在でも無い、というか不十分だからです。(愛していても自由でいたい)というのが、男の願望であれば、それはOKで、でも女がそう思うのには有形無形の枷がかかる。だから。男同士という形をとったとしても、いわゆる‘夫婦’の形をなぞるなら、意味がないですね。
「続いていくために」は、ドリームだけでは収まらないこともあるわけなので。気持ちをぶつけ合わせ、互いの言い分をどこまでつきあわせてどこまで妥協していくかというリアルをとことん目指してほしいな。
期待!(^^




いわゆる一般出版物のうち、有明にも関わりが深いものを、こちらにアップします。
著者名
タイトル 出版社 値段 ページ数
コメント・他


作庭・写真・言葉 
丸山健二

『ひもとく花』

新潮社 \1800 ページ
2003.3.15発行

タイトルと写真の美しさに惹かれて手に取ったのですが……やられました。
どうやられたかは、このコーナーにあるということで、お察しください。
……色っぽいのは、写真だけじゃなかったんです。日本語って日本語って(//▽///)
はー、こんな風に言葉は使えるんだなぁ。
「安曇野の自宅の花々の写真集。
自ら350坪の庭作りに励み、花々を育み、その芳醇の時を撮り、言葉を紡ぐ、至福の写真集」って紹介にあるのですが……それって、コミケのオリジナル……あわわ……
シャープで、真っ向から植物に向き合ってるある意味オーソドックスな写真。
カメラの善し悪しじゃなく、「見る」目の厳しさが写真の質を決めるんだろうな。
・瞬時にして魂の一部とかしてしまう花がある。それは語らずして永遠の法則をはっきりと示し、「世は末法だ」というぼやきを一笑に付し、悲しみを食んで生きる人間に言う。
この世に意味を問うてはならない、と。

・好むと好まざるとにかかわらず、思わず視線を奪われてしまう花には、目下の瞬間においても心情が要求してやまない全てが揃っている。

・よしんばその者が罪に汚れ、疑惑に包まれ、五臓六腑に病毒を宿した人間であったとしても、ためらうことなく救いの手を差し伸べる花。

東浩紀 編著 永山薫 斎藤環 伊藤剛 竹熊健太郎 小谷真理

『網状言論F改』
ポストモダン●オタク●セクシュアリティ

青土社 \1400 260ページ
2003.1.10発行

東浩紀主催のシンポジウム「網状言論F」での各論者の主張+後に行われた鼎談をまとめたもの。確かに、これだけの人の発言をまとめるのって大変だったろうな。全員一筋縄ではいかない顔ぶれだし。
「爛熟した消費社会の申し子たる「オタク」という特異な主体の在り様をめぐって、東浩紀と各界の最強の論者が繰り広げる言論のバトルロイヤル」だそうです。えらい言われようしてるけど、これもまた「オタク」という名を持つ自己を巡る冒険の書。
私も「オタク」なのは間違いないのでまぁ身贔屓が入ってるのは否めないけど。面白かったし、こんな風に語り合うってのは、オタクならではかも。
東発言を受けての小谷真理子の確認が面白かったです。
・地政学的には同じところにいるのに、ネットワーク的には全然別の次元で生きていると言うこと?
同じものを見ていても、全然違うように見ているというのが、今の社会のおもしろさであり、不気味さ(特に知らない人間にとっては)なんだろうと思います。これは、インターネットを絡めてみると特によく分かるのだけど。これもまた、やってない者にとっては「ナニが面白いの」の世界だろうと思います。そして同じ会社で机を並べている同僚より、ネットで出会った人の方が心理的には近しいという場合もできてくるわけです。
しかし、インターネットがオタク的世界で増殖したのって偶然ではないですね。発信したいのに金や時間や距離の制約のせいでままならなかった人間が、金や時間や距離をかなりの部分クリアしてくれるツールを知ったら、そりゃあ手放さないでしょうよ。
でも、それは嫌われてるらしいです(^_^;)…最近パソコンとかインターネットとか言うと、敵意を示されることがあって、ちょっとびっくりしています。今まではわりと恵まれてたというか、パソコン嫌いという人も、私がパソコンに熱中してるからと言って否定したりはしなかったのだけど。他人が自分の知らない楽しみを持ってるというだけでかんに障るという人もいるようですね。
・キャラによって喚起された感情は、たとえその起源がフィクションであろうとも、感情としてはリアルな体験です。(斎藤環)
・人が〈キャラ〉を〈描く〉という行為は、キャラに暗黙のうちに畳み込まれている、キャラに固有の〈時間〉を共有することに他ならない。そして、この〈時間〉は、我々の日常の時間と異なり、寸断され、切れ切れの断片としてそこにあり、自在に反復される。その意味で、我々はキャラそのものを所有しない。我々はキャラである彼/彼女との時間を所有するのだ。散文的な言い方をすれば、我々がキャラを「描く」ということは、キャラと〈寄り添う〉ことに他ならない。(東浩紀)


小島ゆかり

『短歌入門』
今日よりは明日

本阿弥書店 \1700 219ページ
2002.4.30発行
どういうわけか真面目ーな短歌の本(^_^;)
この本の一節がなぜ同人をやるのかへの答え(の一つ)になってると思ったので「有明」コーナーね。そう、圧倒的にすばらしい作品を前に、それでもなお書くのよね。お金になるわけでもないどころか持ち出しばっかりで、それでも書きたいという、その答えがね。今回、ここで若山牧水を思いだして、今回の本の形が決まったのです(^o^)
・自分だけを見ていては〈自分〉は発見できない。今いるここから少しでも動かなければ〈ここ〉は見えないのである。
・定家や西行の圧倒的にすばらしい作品を前に、まして
季節の情緒も希薄になった現代、なぜ私たちは年々の花を詠おうとするのか。
それはつまり、「ことしの桜は身にしみて美しい」からである。古代の人々が見た桜と現代の私たちが見る桜。あなたが見る桜と私が見る桜。そして去年の桜と今年の桜。決して同じ桜はない。今年の桜は生きてこの世で見るたった一回の自分だけの桜だからだ。



実際救ってくれたのは、このコーナーの本たちでした。

特に、荒川マジックさんの「ねこばなし」で一時預かった子猫を
「いまはもういないけど、あのこはあたしのことが一番好きだったんだよ」
いっている言葉を読んだときは、全ては許されるのだと、言ってくれてるような気がしました。
そのほしみさんも、もう高校生なんですよねぇ(‥;)

2002年冬の記録は、こちらです。

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