今年は、桜を十分見られなかったので、もの足りません。
いや、動けないクセに花見どころではないのですが、
それでも悲しいと泣いてましたら、某サイト様方がまるで私の心を読んだようなイラストや歌を上げてくださいました♪ おかげで、春のSSが一つできました。
ありがとうございましたm(__)m 



春 宵  





 グランドラインに季節はない。かの地の気候は、地域ごとにおそろしく偏っており、常に雪と氷に閉ざされた地もあれば、熱風吹き荒ぶ炎熱の地もある。
かと思えば、常夏と思えた地がいきなりブリザードに見舞われる事もある。要するに決まった季節の変化とは無縁の地なのだ。それでも、グランドラインの外となれば、ある程度落ち着いた四季もある。
 ここ数年来、春と呼ばれる時期、赤髪海賊団は東の海に滞在するのが常だった。吹く風が暖かくなり、空の色が仄白くなる頃、赤髪海賊団の頭は決まって言い出すのだ。

「花見に行くぞ」
 当然、花見酒がセットになったそれに海賊団一同否やは無く、かつ、目的地が尚国以外とあって、副船長の渋面も無い。シャンクスの宣言があり次第、全船が文字通り心を一つにして東の海をめざす。馴染んだ尚国よりぐっと北の地。花さえ咲いていればいいのなら、どの島でもいいはずだが、ここ数年というもの、行き先はいつも同じだった。そこの花付きが今ひとつの場合、よそを回ってから再訪ということもある。船長お気に入りの花見ポイントなのだ。

 さほど大きな島ではない。南北に細長い島のほとんどは無人の地で、北端に小さな集落があるだけだ。当然、その集落の長には副船長直々に仁義を切ってある。万に一つも海軍や賞金稼ぎに通報される恐れはない。もとより大型船が停泊できるような港があるはずもなく、母船は沖合いに投錨し、上陸には艀を出すことになる。
挨拶に回った副船長が戻るのを待ちかねたように艀は動き出し、その先頭には当然のように赤髪の船長の姿があった。
「ベックマンー」
 不安定な小舟の上で、立ち上がって大きく手を振る。
「すぐに来いよ!」
 そして、満面の笑みが遠ざかる。


 彼らが目指すのは島の南端だ。木々に覆われたそこは、いわゆる密林状態ではない。何十年か前には、集落があったのだろうと思わせる道の跡も残っている。一年の間にすっかり草に覆われたそこを、船長の露払いよろしく大工方が行く。草刈鎌は専門外ながらなかなかの手際を見せる。
「整備なんざぁいいのによ」
 不満という程でもない文句を付ける船長の声に「そういうわけにはいきやせん」
 ごつい体格に似合わぬ律義さで、大工方隊長は返す。
「副船長を置いてきちまってんですからね」
 副船長不在時、船長の所在確認は最優先事項だ。
ここ何年か某国を訪れるようになってからはなおの事重要事項で、当の本人に言われたからと言って、聞けるものではない。
「お願いですからおとなしくしててください。もう少しですから」
「お頭、今手がふさがってるんですから」
「分あってるって」
 口を尖らせながらも、先に出ようとはしない。さすがに背丈ほども伸びた草の原を突っ切るのは面倒なのか、この後の宴を思って気もそぞろなのか。どちらにせよ手下にとってはありがたい事だった。
歩くこと、何十分か、一気に視界が開けた。沼とも池ともつかない湖沼の周りに広がる空間は、明らかに集落の跡だった。何十年か以前、ここにあったろうそれは、既に名残だけ残して消え失せ、開けたそこは、池に沿うように薔薇科の木で囲まれていた。ほとんど満開の花は、木によって色も形もずいぶん差があった。 が、よく見ればごく薄い花びらといい、微妙にまだら模様の幹といい同じ薔薇科の仲間だった。葉や花色に微妙な差があれど、同属なのは間違いない。
 建物は土台だけ残して自然に帰っていた。それでも、土台だけとはいえモノがあれば、草の生え具合が違う。一気に通りやすくなった草むらを、今度こそシャンクスは突っ切っていく。ここまで来れば幹部達も苦笑して、生暖かーく見守った。
 どうせシャンクスを止められる者は、ここにはいないのだ。
 シャンクスが駆け寄ったのは池の向こうに佇む、ひときわ目立つ大樹だった。


「咲座」

 うっとりと声が発せられる。

「息災でなによりだ。今年も邪魔する」
 言い終えると軽く頭を下げ、抱えてきた酒瓶を開ける。
「とびきりの酒だ、受け取ってくれ」
 注がれた酒は木の根元の色を変え、辺り一面に香を振り撒いた。少し甘い、けれど涼やかな香りだ。
 最後の一滴まで注いで顔を上げたシャンクスは、つと手を伸ばした。ちょうど目の高さで揺れる一枝を引き寄せ、唇を寄せる。囁かれた言葉までは聞こえなかったが、

「…たまんねえ」
「待てや、もうちょいの辛抱じゃねえか」
「お頭、まるで誓いをしてるみたいすね」
 これは、ごく最近入った若手の声だ。
「…副船長がいなくてよかったな」
「ああ、ったくな」
古参幹部二人のひそひそ話が終わるか終わらないかのうちに、
「…何が良かったって?」
 背後から声が被せられた。
「て、天気が良くて良かったってこった」
 とっさに話を逸らしたのはさすがだったが、沈黙とともに返ってきた視線はたいそう冷たいものだった。そのまま通り過ぎていく男の背には、くっきりと‘剣呑’という単語が浮かんでいた。
「あんにゃろ、年毎にタチが悪くなりやがる」
「まあまあ、ほらアレと長年付き合ってきてるわけだから」
「アレか」
「そう、アレ」
 仮にも船長に対してアレ呼ばわりはどうか、などと突っ込む者はいない。居合わせた者達はただ黙って乾いた笑いを漏らすのみ。
ベックマンが桜の下に到達した時には、既に有能な部下達は宴の準備を開始していた。といっても、酒や食い物を置くための卓と、火を起こすための炉の設置だけなのだが。
『なんだって酒盛のために、ここまで凝るんだか』
 一夜とは言わないにしろたかが酒盛と思ってしまう時点で、彼は、赤髪海賊団における異分子ではあった。とはいえ、彼までが酒盛上等と鷹揚に構えたのでは、赤髪海賊団が破産する日も遠くないので、これはこれで適材適所ではあった。


「よう、副!」
 おかえり、とまるで十の子どもに言うように船長は副船長を迎える。
「いい子にしてたぞ」
 そういう言い方もどうかと思うが、
「そうか」
 大威張りで告げる船長に、副船長はごく自然に返した。

 今日の船長殿の座は細い竹で編んだものだ。しばしば変えられるこれは、赤髪海賊団大工方の努力の結晶である。何しろ人一倍どころか十倍は落ち着かないシャンクスに気に入ってもらえるデザインと座り心地でなければならないのだ。でないと、シャンクスはうろうろして何をしでかすか分からない。全船の期待を集める仕事なのだ。
 幸い今回の椅子はお気に召したらしい。椅子の上で寛ぎきっている。


「いい子に褒美だ」
 北端の村で預かった物を取り出せば、
「あ―、ちゃんと探してくれたんだ」
「…改めてあいさつに来ると言っていた」
 あんた、またタラシこんだのかと、イヤミを込めて言えど
「そっか、酒が残ってるうちに来るといいな」
 副船長のささやかなイヤミごときで動ずる船長ではない。あっさりとスルーした挙句、椅子の上で大きく伸びをする。

「今年もすげ―いいタイミングだよな」
 お褒めの言葉を頂戴して、少しは気が晴れる。シャンクスが今年の咲き加減に満足したことが分かるからだ。会計担当の副船長にとって、とても重要なことだ。
 早く着きすぎると待ってる間の酒代や食費がかさむ。かといって遅くなり過ぎると、わがままな船長殿は「喰い足りない」とおっしゃって、また別の島をめざすことになるのだ。そんなことになっては、物いりで仕方がない。ここ数年で、しっかり学習した副船長だった。

 その間も、それは、シャンクスの膝の上で、くるくると開かれた。こんな寒村に似合わぬ絹布に包まれた中から、やがて現れたのは、
「杯?」
「おうよ、この季節にぴったりだろ」

 そう言われても、墨色のそれは、地味でごくありふれた杯としか見えない。
 いつのまにか集まっていた野次馬達も同じ事を思ったらしく
「地味くせー」
「お頭、んな渋好みでしたっけ?」
等と好き放題を言っている。
「るせっ、副用だから、いーんだよ」
「なんだ、副船長への貢ぎ物すか」
「愛されてますね、副船長」
「それって、何かやらかしたんか?お頭」
 男ばかりながら姦しいことこの上ない。当の副船長は、この船長が何をやらかしたからと言ってお詫びの品をなんて殊勝タマかとうんざりしていたが、そんな内心は毛ほども見せず直球を返した。
「あんたがくれるものなら、何でもいい」


 それが大間違いだったと悟るのは、口にした直後だった。
 一瞬というには長い沈黙の後、堪りかねたように息が吐き出される。中には口を押さえている者までいて、笑いを堪えてるのが丸分かりだった。
「そ、そうですよね、バカな事言っちゃって、すみません」
 言わでもがなの弁解をくちばしる面々は、まだ初な輩だろう。古参幹部達はしらーとした表情で明後日の方を向いている。
 絞めてやりたくなったが、己の失言が元なので、誰に当たるわけにもいかない。そんな事をした日には自己嫌悪も極まる。救いは、船長殿はたいそうご機嫌だということだろう。ご満悦と言っていい機嫌の良さだった。
「あー、まー」
 参ったなぁと言わんばかりに鼻の頭なぞ掻いている。こちらを絞めた方がすっきりするかもしれないと副船長が思い始めた頃、発せられたお言葉は、
「副――、素直になるのは俺の前だけでいいんだぜ」

 わざとのように、いや、絶対わざとだなと幹部全員の意見が一致して、後々のために止めてやるべきか、おもしろいからとことんまで追い込んでやるべきか思案してるうちに、

「だから、お前にと思ったんだ」
 再びお頭に主導権を握られてしまう。
 杯を手にしたお頭は、いい機嫌で講釈をたれる。
「これな、夜桜塗りという塗りなんだとさ」
「まずは普通に黒い漆を塗るんだ」
「で、それが乾いたら次の漆を塗るんだが」
「それは赤漆で、いったん熱を加えてから少し冷ましておくんだ。でもってその赤漆で模様を描く。で、その上からまた黒漆を塗ると」

 いつのまにか静まりかえったギャラリーに、さすがにシャンクスも顔を上げる。
「なんだ?、テメエら。みょーな目つきで人のこと見やがって」
「だって」
「お頭が、こんないっぱい覚えてくるなんざ」
 愛ですねぇ―と声を揃えられれば、怒ると思いきや
「僻め僻め!」
 大人げなくも船長殿は居直った。

「俺あ、副に説明してんだ。お前らなんざ教えてやんね!」
 副、もっとこっち寄れよ。ひらひらと手招きした挙句、
「見てみ、ここ」
 髪を引っ張るようにして引き寄せる。いわゆる顔付き合わせて状態だ。普段なら、そこまで行く前に副船長が引くのだが、先ほどの失言がコタエているらしく、されるがままだ。不調な時に船長に逆らう愚が身に染みたのかもしれない。


「おう、サンキュ」
 賄い方の一人が持ってきた酒を、シャンクスが墨色の杯に注ぐ。
 酒が満ちるにつれ、杯の色が変わった。くすんだ鈍色だったものが艶やかな黒に。そして沈み込んでいた底の花も色づいて開いていく。

「どうだ!」
 そっくりかえった声にも反論できない。

「確かに。あんた、大した目利きだ」
 濡れた黒に浮かぶ花びらは、白ばかりでなく、仄かに紅を掃いて。酒が揺れるにつれ花びらも揺れる。それも呑むことを思えば喉が鳴った。


 タイミング良く報告が届く。
「お頭、できやした」
 ‘何’抜きの報告だったが、この状況で咎める者はいない。

「うちの大工方と賄い方は優秀だ」
 確かに優秀だ。トップや幹部が阿呆なやりとりをやらかしてる横で平然と事を進めているのだから。いつの間にかあちこちで湯気が上がり、辺り中、美味そうな匂いでいっぱいになっていた。

「すまんな」
 労うのを忘れていた事に気づいて、副船長がいつも以上に丁重に礼を言えば、伝令の若者はにこやかに微笑んだ。
 邪気のないそれが、褒めてもらえて嬉しいというより、分かってますよという笑いに見えたのは、果たして副船長の気のせいだろうか――



「乾杯の音頭は、お前な」
 促されて杯を掲げれば、透きとおった酒の面に桜の花が映る。白が重なり、これもまた紅色を帯びたそれから目を上げ、副船長は声を発する。

「乾杯!」

「赤髪海賊団に」

 そのまま一気に呑み干せば、静まりかえっていた周囲が一気に沸き立つ。何日間か定かではなくとも、花見という名の宴が始まるのだ。








 同じ桜の木とはいえ、品種の差や個体差がある。赤髪海賊団が滞在しはじめて少し経てば、盛りの花も変わる。一重ながら濃い紅色の花が風が吹くたび散りだす頃、白い花びらも1枚2枚と枝から離れていくようになる。その後を追うように華やかな八重が満開になる。宙に舞う酒宴の空を明るく彩ってくれるが、宴の際には、少々注意が必要になる。
「わー、肉に花びらがっ―」
「おおぅ、スープに花びらが浮いてるぜい」
という事態に、しばしば陥るのだ。とはいえ、それが宴会の妨げになるような柔な神経は、誰も持ち合わせてない。
 仮にも海賊なのだ。食べ物に混入する異物としては、花びらなぞ可愛いものだ。赤髪海賊団は、海賊船としては食料に気を遣って潤沢に用意している方だが、それでも思いの他、航海が長引いてしまった場合は――言わぬが花だろう。

「けど、この船でそんなヒドイもん食べたことって無いすね」
 港の悪ガキだった頃、さんざ脅されたもんすけど。そう首を捻る若手に、古株の面々はいい調子でメートルを上げる。
「お前らは知らないからなぁ。副船長が仕切るようになるまでは、こんなもんじゃなかったぞ」
「そ、そうなんすか?」
 まだ‘純真’な若いの相手に語るのは楽しいものだ。色っぽいお姉ちゃん相手ではなくとも。
元々良く回るヤソップの舌は、語る事にますます滑らかになっていく。


「お頭は、ほら、ああいうヒトだろ。行きたいとなりゃ矢も盾もたまらん性分だし。計画性なんて単語自体どっかに置き忘れてきたよな御仁だろ」
 そこで、こくこく頷くのをたしなめるべきか正確に把握してると褒めるべきか、問題ではあったが。後ろで古参幹部の面々は笑いを噛み殺しつつ聞いていた。

「まぁ、そんなだからよ。次の寄港地までまだまだだってのに食料が無え、つうこともあったわけだ」
「さすがにな、食料ゼロまで行ったこたは無えが、非常食の乾パンやビスケットしか無いってこた、よくあってな。しかも、」
 ここで声を潜められたら、身を乗り出すしかないだろう。
「湿気たビスケットを風通しの悪い場所に置いとくと、どうなると思う?」
「く、腐ります?」
 自信なげに言うのに、目だけで違うと言って、にやりと笑う。
「カビるんすか?」
「半分当たりだ。カビて、虫がわくんだ。けど、食い物はそれしか無え。どうやって食べると思う?」
「む、虫を除けて?」
「バカヤロウ、虫を除けちまったら食うとこが減るじゃねえか」
 青ざめた一同に、更に止めをさしてやる。
「暗いとこで食うんだよ。どこに虫がいるかなんざ分からんようにな」
 何、虫だって立派な動物性タンバクシツだ。駄目押ししてやる。
「お、俺、絶対副船長に付いていきますぅ」
「俺もっ」
 想像してしまったのだろう、一様に青ざめた彼らは口々に叫んだ。してやったりとにんまりするヤソップに、
「それくらいにしてやれ」
後ろからたしなめる声がかかる。

「副船長!」
 縋るような声を上げる一同に苦笑する。
「縁起でもない話をしているようだが」
「そんな事態に陥らないために幹部がいるんだ、心配しなくていい」
 第一、そこまで食料を不足させたら、俺は餓え死に以前に司厨長に吊されるな。苦笑が漏れる。料理の腕と同じくらい度胸もいい司厨長は、腹一杯食わせることにはこだわりを持っている。食べる物が無いなどとなれば、真っ先に副船長に詰め寄るだろう。いや、そもそも、食料庫を空にしたりはしない。そういう目配りは怠らない男だ。
 そうと分かっていて怪談紛いの語りをするのだから、狙撃隊長もいい性格をしている。

「ヤソップ、あんまり若いのを脅かすな」
「へいへーい」
「この船に乗る限り餓えさせたりしない」
「おお、頼もしい、それはお頭をか?」
「全員を、だ。お頭に食わせておけば、他の者の食料くらい獲ってきてくれるさ」
「なるほど〜お前も大人になったじゃねぇか」
 けっこうけっこうと上機嫌で行ってしまった狙撃隊長は、ベックマンの心の内などお見通しなのだろう。副として添う以上、己の船長の希みを無視することはできない。ベックマンが手を差し伸べるのはシャンクスだけで、けれど、シャンクスの手はもっと多くに向けて差し出されるのだ。

「あんたの腕は一本しか無いというのに、忙しいことだけだ」
 独りごちる。今となっては、それに不満ばかりでもない―― 自覚があった。









 そして、満開の日が五日程続き、風の強い日には花びらが舞い始めた頃、船長殿は宣った。
「いつ出発できる?」
 返答は簡潔明瞭だった。
「いつでも。あんたが望む時に」




 出発の準備が始まって、酒宴はごく小規模になり海岸沿いに移動した。無くなったわけでないのが、赤髪海賊団の面目躍如というところだったが、明らかにその空気は変わった。今年の宴は終わったのだ。

「あんた、何してるんだ」
 呆れた声になってしまうのは仕方があるまい。出航を控えて宴の跡を見回っていたら、己が船長殿が地べたに転がっていたのだから。

「お別れ♪」
 歌うように言われても、渋い顔になるのは止められない。横たわったシャンクスの全身はあちこち花びらで覆われている。
 強くはないが風があり、けっこう冷え込んでいるのだ。火の気もない所でやることではない。
「だいじょーぶだ、マント敷いてるから」
「そういう問題じゃないだろ」

『いったい、いつからこんなことやってたんだ』
 腹がたつものの、無理矢理引き起こすのも憚られた。シャンクスが至極真面目な顔をしていたからだ。
 その間もひらひらと落ちる花びらがシャンクスの体を埋めていく。舞い落ちる花びらに、シャンクスの指先がすうと伸ばされる。器用に摘んだされを、そのまま口元に持っていく。
「桜の匂いがする」
 嬉しそうに笑う。桜の花には本来あまり香りはない。それでも、これだけの量の桜があると、‘桜の香り’が漂うものだ。花の香りとしては甘さよりも青さが目立つ匂いだ。
 シャンクスが腕を伸ばした弾みに体や髪に乗った花びらが落ち、まだらに隠されていた髪が露になる。けれど、花びらが乗ったままの部分は仄白いままで、そのままにしておくのは、どうにも嫌だった。払いのけると‘赤’が露になり、少し気持ちが落ち着いた。シャンクスの傍らに腰を下ろし、問いかける。


「ほんとに、いいのか」
「ああ、今年の花は見た」

 だから、もういいと笑う横顔は妙に晴々として、
「欲しいものはとことん手に入れるのが海賊じゃなかったのか?」
「もう手に入れたんだよ」
 くすくす笑いとともにシャンクスの右手がその胸を指差す。

「ここに、な」
 そして指の向きを変え、
「お前のここにも」
 副船長の心臓部分を押さえ、くるりと身を翻す。
「みんなも、この船も見た」
「レッドフォース号が?」
「ん、だから、もういいんだ。もうじき風が来る」
「そうか」
「ああ、俺達をこの島から押し出す風だ」


 ならば素直に出ていくのが客人の礼儀だという。シャンクスの風読みは、熟練の航海士以上に正確だ。その彼が、船長である彼が言う以上、出発の準備をするのが副船長の仕事ではあったが、
「ずいぶんあっさりしてるんだな」
「あんたがまだいたいなら、いていいんだぞ」
 密やかに囁けば
「船乗りが何言ってやがる」
 笑って返される。
「言ったろ、もういいって」

 今欲しいのは、もっと別のもんだし。
 ぼそっと呟く赤い髪の下にのぞく頬が、髪色に染まったように赤い――ように見える。それは桜の色に染まってるんだろと突っ込む無粋者もいなかった。

 そうとなれば、副船長に出発を躊躇う理由は一つも無い。出帆に向けての準備は、恐ろしいほどのスピードで進んだ。


 それから二日後、風が吹いた。レッドフォース号の出帆を促すそれは、花散らしの風でもあった。帆を、船体を、海面すら、とりどりの花色に染めて、風は吹いた。




 それは、この島の桜の季節の終わりを告げる風でもあった。






2007.4.18

                                 

                                       



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