「お頭」
声をかけても、いらえは無い。
□□は、溜め息つきながら、もう一度声をかけた。
「お頭、入りやすぜ」
……迂闊に入るわけにはいかない。入ったとたん、ろくでもない場面にぶつかるのは御免こうむりたい。
二度三度声をかけて、それでも返事がないことを確かめ、□□は、ベッド周りを覆った布を持ち上げた。


「お頭」
思わず脱力してしまう。返事がないのも道理だ。大頭シャンクスは、お昼寝の真っ最中であらせられた。贅沢極まりない(船の中であることを思えば尚更)広々としたベッドのど真ん中、丸くなって眠りこけている。
薄手の掛け布団カバーを巻き付け、(どうせ服のままか、水浴びしたそのまんま寝てしまったのだろう)そのくせ肩は無防備にさらし、(暑いことは暑いのだろう。一応ここは赤道に近い海域だ)
肩の間に頭をつっこむという姿勢のせいで露わになった首筋には黒い仔猫が一匹。(暑いなら、猫は除けろよ)


先の寄港地で、シャンクスが拾ってきた仔猫だ。まだ目も開いてなかったそれは氷雨に打たれ、凍え死に寸前でシャンクスに拾われたのだ。十年使い込んだモップにしか見えなかった仔猫も、少し育った今は、十分猫に見える。最近、真っ黒な毛並みが艶々してきたのは、シャンクスが料理番の目を盗んで余分な餌を与えているせいだろう。
もちろん、副船長の目も盗んでだ。そもそも、猫を拾ってきた時点で、副船長の大目玉が落ちているのだ。


「ったく、あんたって人は。そんな仔猫を連れていこうってのか」
副船長の小言は、側で聞いてるのも怖かったが、結局シャンクスが粘り勝ちした。
「だってよぅ…こんなに小っこいのに」いつもの威勢はどこへやら、いじいじと上目遣い見上げられて、副船長も陥ちたのだ。
当の仔猫も、ぶるぶる震えながらもシャンクスの胸元にかじりついて離れようとしなかった。
(なに、こうなることは見えてたさと囁き交わした奴が何人いたかは、副船長の精神衛生のために極秘事項とされた)


□□の視線を感じたのか、仔猫が身じろいだ。むき出しの肩の上を越え、シャンクスの喉元に潜り込もうとする。
それでも、シャンクスの目覚める気配はない。


あまり日に焼けてない肌は、薄い血の色を示していた。シャンクスの髪の色に紗をかけたような色合い。血管は見えない。ごつくはないが、鍛えられた筋肉が血管や骨を覆い、シーツの白にとけ込むような肌の色に変えていた。
目には見えないほどの産毛が呼吸に合わせて微かに、けれど規則正しく動くそれは、あまりに無防備で。海賊の大頭には不釣り合いで……
仔猫の黒い毛との取り合わせと相まって、□□の心に、いらざる波立ちを起こした。


「お頭」
少しかすれた声が出た。声と同時に延ばされた手に、仔猫が頭を上げる。
そして、足を踏ん張って、うるさい侵入者に立ち向かおうとした。シャンクスのむき出しになった肩の上で。
慌てた□□の手が届くより先に、後ろから伸びてきた腕が仔猫をつまみ上げた。


「―― 副船長!」
焦りまくった□□を目顔で押さえ、この海賊団の副船長はすばやく仔猫を持ち直した。それはもう、仔猫が抗議の声を上げる間もないくらいすばやく。
そうして、シャンクスの肩の横に下ろす。仔猫は慌てて、シャンクスの胸元に潜り込んでいった。まるで、この居心地良い場所を奪われまいとするかのように。
それでもシャンクスは目覚めない。ますます丸くなって、赤い髪が仔猫の黒い毛玉と絡み合う。
その肩に、薄いリネンがふわりとかけられた。


そう、シャンクスは、この海賊団の大頭ではあるけれど――誰のモノでもない。誰のモノにもならない。例え長く付き合ってきた幹部であろうと。
かろうじて彼の傍近くよることを許されているのは、ベン・ベックマン、彼の副船長ただ一人だ。

リネンに埋まる赤い髪。輪郭だけを浮き上がらせた細身の躰。
この髪も、この躰も、その心さえ。すべては……


「行くぞ」
声をかけられて、□□は我に返った。
夢から覚めたような思いで、目の前の男を見る。
赤髪海賊団の副船長を務める男。
いつでもシャンクスを見ている男。
猫の爪一つにせよ、彼を害することは許さない男。


シャンクスに近づきすぎた部下に、けれどベックマンは、怒ってはいなかった。
黒いまなざしに浮かんでいるのは、想いの激しさとは裏腹の苦さ。諦めの影をのせた執着。

ベックマンも、分かってはいるのだ。彼にとって唯一の存在が、決して彼だけのモノにはなり得ないことを。
世界中のすべてと、常に張り合っていなければならないのだ。シャンクスにとって世界は常に面白いモノで一杯なのだから。

軽重こそあれ、□□もまたシャンクスにとって大切な《世界》の一部。



ちなみに、この日昼寝が過ぎて夕食を食いっぱぐれた大頭殿は、自分の夜食をムリヤリ宴会に発展させたのだが。一番いい目をしたのは、宴会の残り物にありついた仔猫だということは、船団周知の事実であった。


      

                   

2000.10.7

                                                                             

☆ とーとつに、書き出してしまった。原因はローズ様です。という訳で、ローズ様のページにリンク貼りました。
ローズ様の小説の、どこがどーなって、こーいう風になったのか、はて、さて。

☆ 1000,01234と景気のいい番号をゲットしてくださったティーポットさんに。感謝して、このページを!


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