いま ひとたびの……


しんと静かなノースブルーの
波の音さえ凍るような宵。

船長室のテーブルには、当然のごとく酒の瓶が並んでいる。




俺を育ててくれたのはさ

シャンクスの声が低くなった。
引退した海賊だったんだ。
殺されることも吊されることもなく
小金を貯めて船を下りたんだから、まぁ運のいい男だよな。

そいつがいつも言ってた。
「俺がおまえを拾ったんじゃない。
 拾われたのは、俺の方だ。
 お前が泣いて、俺を呼んだんだ」
「今ここに生きているのは、お前の力だ」
「俺はお前に拾われて、本当によかった」


だから、俺は死んだりしねぇ。
たとえこの右腕までなくそうと、海賊でなくなろうと
そうさ。奴隷や娼夫に堕ちようと、生きてる限りは死んだりしねぇ。

俺の息の根停めるのは、俺じゃねえ。

最後の一言を言い終わらないうちに、
シャンクスの体は壁に叩きつけられる
やったのは、ベックマンの両の掌。

アンタをそんな目に遭わすくらいなら…

モノのたとえだ、落ち着け。ベン・ベックマン。
鋭い声で止められて、ベンの視点が声の主に落ちる。
徐々に目の焦点が合っていく。


間違うな。それで平気だって言ってるんじゃないぞ。
おまえだって…辛かったろ…



どうってことない――
高位の貴族に気に入られるようにするのは、嗣子として当然のこと。
まして、投手が頼りにならんとあればな。

相手が女だろうと、男だろうと変わりはない。

望まれれば、応えるだけだ。
そんな関係ではココロなんぞ知ったこっちゃないってのは
あんただって分かってるんじゃないか?




ああ……

分かるさ、ベン。おまえはイヤだったんだな。
自分の意志を無視して、ギフトされる自分が。

そう、だ、な。誰よりも分かるかもしれない。おまえの気持ち。
意志など無いかのようにあしらわれる悔しさ。
“自分”を求められるのではなく、ただの道具として扱われることへの憤り。

おまえはどうってことないと言う――
けど、それはおかしいんだよ。
自分の意に反することをされたら、怒って良いんだ。
おまえって、賢いくせに、そんなとこ抜けてるから。

いいさ、イヤだとさえ気づいてなかったおまえの分も、俺が怒ってやるよ。
怒って良いんだよ、ベン。

おまえの怒りを遮るヤツはもういない。
もしいたら、俺がたたっ斬ってやるよ。

――そうか、お前を止めるヤツは俺だよな。
いいさ、俺が邪魔になったら、たたっ斬ればいい。
そうしたら、お前は自由だ。
けどお前が一番怖れてるのも自由、なんだよな。
ならば、共に行くしかないよな。行けるトコまで――






分かってないのは、あんたの方だ――


――俺にだって、分かってる。
息子を売るような真似が親として当たり前のことかどうかくらい…
けど、認めない。俺の最後の歯止め。
俺の親は、そこまで腐った人間じゃなかった。
心弱くはあったけど、それなりに精一杯生きてたんだろう。
――そう思っていたい。
詰めが甘いと笑うなら、笑っていい。
けれど俺が“真実”を見ない限り、あんたは俺を切り捨てられない。


ならば、俺には“真実”などいらない――
親のことなど、もうどうでもいい。
今の俺を縛るのは、シャンクス。
あんただけだ。
ある意味、とても自由だろう、シャンクス?



しんと静かなノースブルーの
波の音さえ凍るような宵。

船長室のテーブルには、空になった酒瓶が転がっている。



2001.11.18

                                 

☆ なんだか、とっても暗い二人になってしまった。
ぐちぐちと暗いウチのベックマン…シャンクスまで、
ほとんど独白ばかり…なんのヒネリもありゃしない。
車酔いして、絶不調だったときに浮かんだネタだから…
つーのは、言い訳ですね。ハイ。

                                       

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