Catch The Cat 3



派手な平手の音が響いた―――

もとより、ここは海賊船。度を超した喧嘩も珍しいことではない。
が、さすがに平手打ちにお目にかかることはない。
海賊とはいえ、面子を重んじる船乗りたちだ。平手打ちなど食わせようものなら、喧嘩では収まらない事態になってしまう。
いくら、平手打ちを食わせたのは大頭であったとしても。

今この場面に居合わせた者たちは、だから青くなってコトの推移を見守った。

「……行っちまえよ」低く押し殺した声。めったに聞けないシャンクスの本気の声だ。
こんな声に逆らうくらいなら、猛った虎の檻に入った方がマシだろう。
打たれた副船長も、黙って引き下がった。シャンクスから目をそらしたまま、船室へ降りていく。

その背が見えなくなると同時に、シャンクスも甲板を蹴った。
頭から湯気が出る、という形容そのままの形相で、ずんずんと進む。
進行方向にいた不運な連中は、即刻逃げた。
だてに海賊をやっているのではない。
出処進退の時機を誤るような輩が海賊として生き延びてこられるはずがないのだ。
事態に気づかぬ新入りか、シャンクスの怒りに惹きこまれてしまったアブナイ奴以外は。

実際、赤髪に劣らぬ朱色に面を染めたシャンクスは……
猛り狂う獣にも似て、目を逸らせない。
おのが行く手を遮る者がいるなど思いもしないという勢いで、彼は真っ直ぐに進む。

なぜか、その先には―――□□がいたりする。

「邪魔するぞっ」
「ど、どうぞ。オレは、もう行きますんで」
□□とて、逃げようとはしたのだが―――誰が怒り狂ったシャンクスの傍らにいたいものか!!

だが―――
「なんだ。俺がいちゃ邪魔なのかよ」
こんな言われ方をして、それでも去っていける人間がいたら、教えて欲しい。
それも、怒りの炎が燃え立っているようなシャンクスに?
□□は、己の不運を嘆きつつ、つき合う羽目になった。
(オレが、いったい何をしたというんだー。真っ当に銃の手入れをしていただけなのに)

それでも、この事態はとことんイヤなわけでもなかった。
シャンクスの怒りは、かなり冷めてきているのが見て取れたし、好奇心もあった。
ここは離れすぎていて、先刻の騒動の子細は、よく分からなかったのだ。
いったい何が、ここまでシャンクスを怒らせたのか?
――この時、知りたいなどと思ってしまった己の好奇心を、□□はじき、深く深く後悔する羽目になるのだが。


「あいつぁ、馬鹿だ!」
はい?
唐突すぎて、危うく間抜けな返事を返すところだった。辛うじて口には出さずにとどめられた自分を褒めてやりたいくらいだ。
「頭はいいか知らんが、大馬鹿ヤローだ!」
(頭がいいと馬鹿は、反対の言葉なのでは?)
思わず突っ込みを入れてしまう□□も、かなり慌てている。
いや、分かっていて認めたくないのか。
(これは、もしかして……)
ものすごくイヤな予感がする。

「俺は、さらわれてきた姫君じゃねぇ。自分で選んできた道を後悔なんぞしねぇ」
海に出たことも、海賊になったことも、ベン・ベックマンと出会ったことも。……利き腕をなくしたことだとて、悔いはしない。
「それを、あの野郎はよぉ」
(や、やっぱりー)
今度こそ本気で、逃げ場を探したのだが、シャンクスは放してくれそうにない。
正確に言うと、放っていけないのだ。ガキみたいなふくれっ面をして、親指の爪を囓ってるわれらが大頭を。


「□□。おまえ、俺のこと好きだろ?」
いきなり話の方向が変わる。
「はい?はいぃ」
付いていけなくて、間抜けな答え方をしてしまった。
「俺だって好きだぞ」
にっこり笑って言わないでほしい。□□は、ここに副船長がいないことに、しんそこ感謝した。

「けど、俺のメイトロッドはおまえじゃない。俺はおまえを選ばない。だろ?」
そこまではっきり断言されてしまうと……さすがに傷つく。いくら分かっていたことでも。
「お頭、そんなこた念を押さなくたって」
誰もが知ってる。とうに承知している。言外に非難の響きを込めてみたのだが。
「だろ?」
かえって、嬉しそうに返されてしまった。

「それを、あいつときたらよー」

――ルフィのことも、実はそもそもの最初から気にしていた。
シャンクスが目をとめ、心をかけたという一点で。
誰かに気取らせるようなヘマはしなかったが。
(見え見えなんだよ。あいつぁ)

「あれは未来を生きるもの、いまをともに生きる俺たちとは違う」
きっぱり言ってのけたシャンクスに、しぶしぶながら警戒を解いたのだ。

(―――たくなぁ、健気っちゃ健気だけど。
俺ぁ別に、腕が立つからとか、見所があるからとかいう理由でおまえを選んだわけじゃねえぞ)

―――気がつけば、選んでいたのだ。縛られていたのだ。空気より軽く、鋼より硬い鎖で。
どのような名が付くにせよそれは、引き留められるという点で、紛うことなく束縛だった。
自由気儘を人の形にしたようなシャンクスが、その束縛を撥ねつけようとはしないことに、
なぜあの男は気がつかないのか……あれだけの切れる男が。
(まぁ、惚れると、どんな利口も馬鹿になるってな)
そう思えば、悪い気分ばかりではないが。

シャンクスは、身軽に側壁の縁に上がる。
ここは、船首部分。一気に視界が広がる。一面の海と空。
はるか遠く、水平線の間(あわい)に、海と空が溶けて混じり合う。
まるで、空でもない海でもないどこかへ、進んでいくようだ。

その先頭にはシャンクスがいる。
見上げる□□は息が詰まった。目の前にいる彼の大頭
――確かに彼のお頭で、けれど相棒ではない男の立ち姿に見惚れる。


ベンだけがシャンクスに縛られているわけではない。
想われるシャンクスもまた同じ強さでベンに縛られているのだ。
その鎖の重さを、シャンクスはいっそ楽しんでいるのだが……

(あいつときたらまー、個人としての尊厳がどーとか自立がどーしとか、理屈ばっかり言いやがって。
自分でも納得してないくせによ。いいじゃないか、俺とおまえ、セットだってよ)

実際、シャンクスとベンとは常に一対として把えられている。
《最強の赤と黒》《血の赤と夜の黒》
最初に上がる名は《赤髪のシャンクス》であっても、《黒》が常に後に続く。
海に生きる者にとって(それは必ずしも海賊だけではない)二人は既に分かち難く結びつけられた存在なのだ。


シャンクス自身がそれを認め、それを良しとしている。
なのに、彼の副船長が後込みするなど認められるわけがない。
(早く来やがれ、ベン・ベックマン。俺の副船長なら、きっちり向かってこなきゃ許さねぇかんな)
(俺は、ここに立つ。てめえも、ここに来るんだ)

シャンクスは笑う。
彼の副船長がやってくることを疑いもせぬ笑顔で。
獲物をとらえたことを確信した肉食獣の笑い。

(言ってやんないけどな)
どんなに言葉を尽くしたところで、本人が得心しなければムダなことも世の中にはあるのだ。
(まー、あいつもバカじゃないし、そのうち分かるだろうさ)
それをおまえが言うのかと、言いたくなるようなことをほざく。
あまつさえ、
(あいつががんばってくれてた方が俺は楽ちんだもんなー。な、カッツェ?)
シャンクスはシャンクスだった。
それが、相棒に言う言葉かと言いたくなるような言い種だったが、いつの間にか寄ってきていたカッツェは、力強くニャンと同意した。何ら異論は無いようだ。

「ほら、見ろ。カッツェだって俺に賛成してるじゃねーか」
「その猫は、お頭が言うことなら、なんにだってニャンと答えてますが」とは、□□も言わない。

「で、今日の雷のワケはなんなんです?」
すっかり元に戻ったシャンクスに□□も安心して聞いてみる。

「……だってよぉ」
勢いよく述べ立てたワケとやらを聞いた□□は、今度こそ脱力した。
そして、副船長が逆らわなかった気持ちも分かってしまった。
要するに―――アホらしかったのだ。少なくともこの件に関しては。
いつものこととはいえ、今回特に、副船長に同情してしまう。


「すっきりしたぜ」
甲板に降り立ったシャンクスは、すっかり機嫌を直していた。

「あいつには言うなよ」
にまっと笑って立ち去っていくシャンクスの足取りは、ほとんどスキップだ。
その後ろにぴったりとついていくカッツェの黒いしっぽが揺れている。
―――同じもんが、我らがお頭にもあるんじゃないか。
それも先が尖ったヤツが……

□□のもっともな疑問が解明される日が―――来ることはあるまい。


      

                   

2001.6.9

                                                                             

☆ これもモトはローズ様です。という訳で、ローズ様のページにリンク貼りました。
ローズ様の小説の、どこがどーなって、こーいう風になったのか、はて、さて。

☆ 「欠片」に書いたように色々色々妄想してたら……すごーくベンが弱っちくなってしまった。
お、おかしい。予定では、もっとこう――過去を克服した戦士になるはずだったのに。
どんどんどんどん茨の道に踏み込んでいってるような気がする。
―――出直します。

☆ 書き直しました。「副がシャンクスに罵倒されるの図1」
ある意味、とっても強いシャンクスの視点も入れてみようと思ったのですが。
単なる我が儘もんかも。

☆ ローズさんへの捧げ物として、さるお方への貢ぎ物として、とっても役に立ってくれてる「3」。
まるで副ちゃんのようだわ♪

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