「俺が欲しい?」


問いかけは突然だった。いい風が続き、航海は順調。日付すら忘れるような毎日の中。
彼はまっすぐに立って、言った。
何の翳りもない笑顔――その背後の空の色、雲の形すら覚えている。
「――ああ」
肯う以外の答えなどなかった。
欲しい、欲しい、言葉にすればただ一言。
けれど――
「ンー、で、どっちだ?」
至極真面目に彼は訊ねる。
――どっち、とは?
「俺を抱きたいの?俺に抱かれたいの?」
一気に頬が火照るのが分かった。
俺は…彼を抱きたい?この船の頭たる彼を?
…彼に抱かれたい?今でさえ俺の全てを縛る彼を?
「…考えてなかった」
「だろーと思ったぜ」
彼はクスリと笑いながら言い捨てる。
「んじゃあ、考えてみな。自分の望みは何なのか、をさ」
俺に向かって伸ばされた人差し指が俺の鼻先ギリギリで止まる。
――ごつごつした骨組み、関節の太い男の指だ。なのに…
誘われる。
肘の上まで袖をまくり上げているので、きれいについた筋肉もよく見える。
潮風に晒され、ぴんと張りつめた肌。負け知らずの左腕。
「シャンクス…」
俺の……
すっと彼は後ろに下がる。
「考えてみな、ベン。時間はあるぜ」


時間はあった。
海軍と追っかけっこになった時も、東方の珍しいスパイスを満載した商船を襲った時も、
季節外れの嵐と格闘する羽目になった時も…俺は考えていた。考えずにはいられなかった。
――いつも、俺の前にはシャンクスがいた。少なくともこの船に乗ってからは、ずっと。
赤い髪を乱し、鬼神の如き剣を振るって常に先頭に立つ俺の、俺たちの船長。。
どんな時も、彼は俺の前にいて、俺は彼の命令に従っていればよかった……
…いや、違う。シャンクスは命令などしなかった。…そもそもの出会いから。
「一緒に来ないか、ベン」「おまえが来てくれるといいなぁ」
彼は言うだけだ。「欲しいな、ベン」「…だと、いいよな」
命じられたと、逆らうことなどできはしないと思ったのは、俺の勝手だ。


その彼が、初めて俺に命令した。「考えろ」「自分で決めろ」と。
今回ばかりは、シャンクスが望んでいるからという理由付けは許されないだろう。


海軍など俺たちの敵ではない。
今、俺たちの船は自由港に碇を下ろし、骨休みの休暇に入っている。
スパイスはとびきりの値で捌けた。懐も豊かだ。
「休める時には休む。遊べる時には遊ぶ」
シャンクスのポリシーだ。
下手をすると「休みたくなったら休む」とか「遊びたくなったら遊ぶ」に入れ替わることも多いが。
ともかく、俺もシャンクスもけっこうな宿にいる。
船長と副船長が揃って陸に下りても、心配することなど欠片もない。
赤髪海賊団は上手くいっているのだ。
この人がいれば……


俺たちみんなにそう思わせる本人は、さっきから珍しい木の実に夢中だ。
自堕落にもベッドの中で、食べ続けている。せっかくの上等なシーツが殻まみれだ。
心底美味しそうな顔を見ていると、このままで良いのではないかという気がしてくる。
シャンクスは、ここにいる。俺の、すぐ傍に。
誰よりも彼の近くにいるのは、俺だ。
それ以上を望むのは、欲が深すぎるのではないだろうか。


「止めとけよ、ベン」
木の実を含んでくぐもったシャンクスの声。
「どーせ、自分さえ我慢すれば、とか考えてんだろーが」
「そーんな目をして、今さらンなこと言うなよ」
そんな目――自分はそんなにあからさまに感情を表したのだろうか。
ポーカーフェースと言われ続け、密かに自負もしてきた俺が。


「俺には分かんだよ、ベン。おまえに我慢なんかしてほしかない」
「俺は俺のやりたいようにする。俺の相棒のおまえも、そうしろ!」
通じていたのか。この思いは。
自分でさえ掴みかねて、正視すること能わずと断念してきたものを。
彼は、見ていてくれたのか……


「で、どっち?俺に抱かれたい?それとも、俺にイれたい?」

噎せた。
「シャ、シャンクスっ。なんて直截な。」
「ン?なんて言おうがヤるこた、同じだろう?」
確かにそうかもしれないが、しかし、もう少し情緒のある言い方というものを。

「そっか、おまえってロマンチストだったよな、悪りぃ。言い直そっか」
「いや、いい」
あまりにストレートなシャンクスの物言いが決定打だった。
思わず想像してしまって、一方は即、却下された。
俺がしたいのは…けれど、それは。
「シャンクス、あんたは俺の頭だ。それは信じてくれるな」
「とーぜんじゃねえか」
「決してあんたを支配したいとかいうんじゃない。けど、俺は」
あんたを抱きたい。あんたをこの腕の中に抱きしめて、あんたを確かめたい。
ずっと独占しようとは思わない。その一時だけでいいから。


「言えよ、ベン。おまえの望みは?」
けれど、それは、男のおまえに要求していいことじゃない。おまえに負担などかけたくない……


「ベン・ベックマン、俺を見ろ!」
声が凍った。我知らず体が強張るほどの急冷。

「俺を見ろ。俺は誰だ?」
…?…あんたはシャンクス。俺の頭だ。
「ふん、じゃ、おまえは何だ?」
?俺?俺は……
「ベン・ベックマン。赤髪海賊団の副船長。俺の相棒。
違うか?」
――違わない。俺は、あんたに誘われたあの時からずっとあんたの片腕だ。

「俺は、おまえが来たら嬉しいと言ったよな」
……ああ。
「だからおまえも俺と来て嬉しいといいなと思う。だけど」
光を弾く翠の瞳!
「だからといって、俺がしたくもないことを我慢してすると思うか!?」
――強い強い光、ヒトの形をしていることすら信じられないような発光体。

「…いいや」
俺が間違えていた、完全に。自分と同じ規矩の中、彼を見ていた。
彼は俺じゃない。他の誰とも違う。この世にただ一人のシャンクスだから惹かれたものを――

「だろー」
全開の笑顔。
「忘れてっかと思ったぜ。おまえ、ずっと自分の考え事に夢中になってて、俺のこと見てないんだもん、ムカつく!」

確かにそうだった。俺は自分の想いにかまけて、シャンクスの気持ちを聞こうともしなかった。
一人で悩んで、一人で耐えてるつもりになって…
けれど、シャンクスにはお見通しだったのだ。
少なくとも、俺がシャンクスを見ようとしてないってことは。


「あんたは、俺様な人だものな」
「そうさ、俺は、シャンクス様だからな」
海の匂いのする髪。まっすぐ俺を見る瞳。
――どうして彼から目をそらせよう。
「シャンクス。俺は、ずっとあんたの傍にいる。
もう迷ったりしない」


「んじゃ、もう無視すんじゃねえぞ」
伸びてきた手は俺の髪を梳き、そのまま背中に落ちた。
引き寄せられて、胸元に感じる彼の温もりは……熱い。

「まぁ、不本意でないこともないけどな」
胸元から上ってくる、彼には珍しい小さな声。
彼には珍しい二重否定。子どものように唇をとがらせて。
「俺も男だしなぁ。けど」
「おまえと一緒なら『新しい体験』てヤツも良ーかもな♪って」
にっと笑う、俺の――

――本当に、どうして断ち切れるなどと思えたのか。

俺のためだけにシャンクスがいるのではないし、シャンクスがいなくとも俺は生きていけるだろうけれど。
シャンクスがいない世界で生きるのは、きっと、とても苦しいことだろう。
この腕の中の熱い生命がいない――ちらりと想像しただけで胸が苦しい。
胸苦しさを一刻も早くうち消すために、俺も両の手を彼の背に回した。


      

                   

2001.2.7

                                                                             

☆ これもモトはローズ様です。という訳で、ローズ様のページにリンク貼りました。ローズ様の小説の、どこがどーなって、こーいう風になったのか、はて、さて。

☆ 17巻が出て〜皆様の喜びの声を聞いてるウチに〜なんか妄想がー妄想竹がむくむくと〜
かなりスレたお頭になってしまった。だって、この副の性格じゃ。
初めての時は一体どうやってコトに持ち込んだのかしらと思って……
「シャンクスはもっと純情じゃー」とローズさんに叱られるかしら。
だ、だって、「シャンクスは気持ちよければなんでもいいのよ」と言った人もいるんだしぃー♪

☆ マジな話。色々色々あったので、リハビリの一環なんです。
だから、怒らないでね。