月を待つ  





白と紫がグラデーションになった小花を高々とかざしながら、シャンクスが聞く。
「なあ、これは?」

「夕映野紺菊、アスターの一種だ」
放っておけばすぐ気がそれるのに、いちいち答える副船長も律儀だ。



「食べられんぞ」
葉っぱをちぎろうとしているシャンクスに釘をさしておく。

「食べねぇよぉ」
不服そうな声にも、ベンの目つきが悪くなる。
副船長の顔には、「信じられない」と、はっきりくっきり書いてある。
目新しいものに関して、シャンクスに信用はない。壊滅的なまでに無い。
そこらの猫や犬の方がずっと理解が早くて聞き分けがいい――と、これは赤髪海賊団の全員が思っていることだ。



その彼らは今、てんでにこの島に散っている。
初めて訪れる島。おそらくは無人島だろうここは、既に秋の気配が濃厚で、今までの海域が暑苦しかった分、みんな大喜びで偵察に走ったのだ。
めぼしいものを見つければよし、見つけられなくとも、また良し。
どちらにせよ、夜には集合して酒盛り!と既に決定している。
折しも、今夜は半月でもある。……なんで半月で酒盛りなのか、ベンなどは理解に苦しむのだが、とにかくそういうことなのだ。


副船長としては、それまでにはナンとしてもお頭を連れ帰らねばならない義務を負うているわけだ。
誰が言わなくとも、暗黙の了解というヤツだ。
「でなきゃ、怖くてとてもウチのお頭は外に出せない」と言ったのは、
いささか心配性の気があるヤソップだった。
だが、全員の首が縦に動いた以上は、全員の総意と言うべきだろう。



「それに触るんじゃない、かぶれるぞ」
ほんの少し、目を離せばシャンクスはきれいに紅葉した葉っぱを引っ張ろうとしている。
ベンは慌てて、その首根っこを引っ張った。

「ふうん、赤くてきれいなのに」
「きれいでも、だめだ。ツタウルシはウルシの仲間の中でも強烈にかぶれるんだ。近くを歩くだけでかぶれたヤツもいるんだから」
未練たっぷりのシャンクスを、ずるずると引きずっていく。
さすがの“馬鹿”力というべきだろう。



別の場所に行けば、シャンクスはすぐ機嫌を直す。
別の新しいものに気を引かれるからだ。



「あ、あれ、さっきのに似てる。あれも夕映野紺菊?」
「あれは、アレノノギクだ。同じキク科だが、葉っぱと花びらの形が違うだろ」
どこが似てるんだ、どこがっ!思わず口走りそうになった自分を叱咤する。
――落ち着け、ベン・ベックマン。聞きたがりの3歳児と同じだ。幼児相手に大人げない……
ベン・ベックマンの心の声など知る由もないシャンクスは、大変素直に感心してくれている。
「すげえな、おまえって。よくそんなに覚えてられるなー」



「…単なる知識だ。こんなもの。どうってこたない」
「えー、そんなことねえ…」
と思うぞの声は、息と共にやってきた。
目の前、ほんの10pも離れてないところにシャンクスの顔がある。
殺気も悪意も無い故とはいえ、どうしてこうもベンに気取らせず動けるものか―


「おまえは花の名前を覚えてる。それっておまえがこの花とつながったってことじゃあないのか?」
からかっている気配は…無い。それだけに胸が詰まった。
「…必要だから覚えたことだ。それだけだ」


………………
………………
………………


これは有毒。これは食用。これはインクに……
……吐き気がする。
今となっては、もう要らない知識のはずなのに、いったん覚えた“もの”は忘れられない。

「そっかーぁ?」
あっけらかんとしたシャンクスの声。事実だけを告げる声。
「だって、どんな花にも名前があるんだろ?
ってことはさ、その花を他の花から見分けたヤツがいるってことだろ?
で、おまえがその名前を知ってるってことはさ、
おまえに名前を伝えたヤツがいて、おまえはそれを受け取ったってことじゃん?
十分すげえことだと思うぞ」

シャンクスにしては長い台詞を、ベンは呆気にとられて聞いていた。
正直、意外すぎて、最初意味がつかめなかったほどだ。
「あんたって人は…」


「だって、おまえ、この花キライかよ?」
無造作に差し出される薄紫の小花。
「…べつに…きらいってわけじゃ…花は花だし」
「だろ?花は花だ」
――おまえを煩わせるもんじゃねえよ?


優しい声だった。
いつだって事実しか言わない、だだっ子めいた男がどうしてこんなに優しくしゃべれるのか。
優しすぎて、辛くなるような声だった。



「あんたの…親…は…?」
声が掠れた。
喉が震える。
答えが返ってくるまでの、ほんの一瞬だったはずの間が怖かった。
ほんの一瞬。それは、ほんとうに僅かな時間だったけれど。



「知らねーな」
シャンクスの答えは素早かった。いっそ、すばやすぎるほどに。
逆光でシャンクスの表情は見えない。
唇の両端が僅かにつり上げられて、笑みのようにも見える。


――この世にいないことだけは確実だろうけど
その口元がはっきりした嗤いの形を取って、ベンの方に向かった。


「いんでないの、親のことなんて」
「俺たちは殺されなかったんだから」


ほとんど呆然としていたベンの躰を、シャンクスは左手一本で、抱き込む。
届かないはずの左をマントが覆う。
マントの陰で、くすくす笑いながら、彼の副船長の耳を嬲る。
耳たぶのすぐ前、頬車(きょうしゃ)の辺りを舐(ねぶ)られて、思わず口が開く。
口が開くと自然、頬車(きょうしゃ)はくぼんで、シャンクスの舌を引きこむ形になる。


「いま生きているってことは、そういうことだろ?」
ひんやりとした空気の中、
触れた部分から互いの体温が伝わってくるようだ。

背筋が攣れた。
胸から腹にかけて、さあっと体温が上がった。
喉がひりつく。



「なぁ、生きてることを楽しもうぜ」
…………

                   





「ばかやろおー」

罵声と共に飛んでくる枕やクッションを、ベンは甘んじて受けた。
受けるしかない。


「すまん、お頭。あれもウルシ科だった」

シャンクスが背を預けた木がヌルデだったのだ。
ハゼやヤマウルシほどにはかぶれないのだが、ウルシ科には変わりない。
ベッドに突っ伏したシャンクスの首から背中にかけては、真っ赤だった。
元々色白な方だから、いっそ見事な赤だ。
ところどころ血が滲んでいるのは、我慢できずにかきむしったためだろう。
対してベンは……

「なんでおまえは、なんともないんだよぉっ」
ベンだとて、しっかりあの木に接触していたものを。
不公平だとシャンクスは吠え立てる。それはもう、子どものように。

「ほれ、喚いてないで。お頭」
ぺしっと頭を叩かれて、ぱふんと枕に突っ伏す。
涙目になってる所を見ると、痒いを通り越して痛くてたまらないのだろうが。ヤソップにいわせると…
「自業自得ってもんだぜ。かぶれる木にくっつくヤツがいるかぁ?ええ」
――おまけに、その夜に大酒食らうたぁ、ガキより始末が悪い。
手はかいがいしく動かしながら、ヤソップは、すっかり口やかましい父親に戻っていた。
「なんだよっ、ベンのやろーだって」

「副船長は、なんともない。あんたはこのざま」
あっさりあしらって、ヤソップは、水夫袋から瓶を取り出す。
ヤソップ特製の生薬、問荊(もんけい――春先に取っておいて天日で乾燥させたスギナ)を、ホワイトリカーに浸して半年寝かしておいたものだ。かぶれや湿疹には格別よく効く。
「ホントは生のスギナをすり潰して塗った方がいいんだが、今から取りに行くわけにもいかんしな」
でもまぁ、さっきは問荊の薬湯に浸かったんだし、効くだろうさ。
シャンクスの涙目は、効かなきゃ許さないと言ってたが、薬を浸した布を当てられると、だんだん瞼が落ちてきた。
熱を持った皮膚の内側に、ひんやりした薬とリカーが浸透してきて、ほてった体をさましてくれる。
嫌がるのをむりやり放り込まれた薬湯の効果もあるのだろう。
当然、そのための水を沢から運んできて湯を沸かしたのは副船長だったりするのだが、シャンクスにはきれいさっぱり無視されている。
副船長のいる方、ドア側にはそっぽを向いたままだ。


そのまんま、うつらうつらし出したシャンクスに、ヤソップは苦笑いする。
――まったく、このガキは。
心に浮かんだ思いは、口には出さず、黙ったまま、ドアの前に立つ副船長を手招きする。
そのでかい掌に、薬を浸した布を渡す。
「後はよろしくな」


躊躇っているのが分かる副船長に囁いてやる。
「お頭が、気を許したヤツ以外の前で眠り込んだりするか?」


それでやっとベッドに近づいていった副船長が、なんだかとっても可愛く思える。
当然、“気を許したヤツ”の中には、自分も入っているし。
すっかり“お父さん”したヤソップは、しごく機嫌良く船長室を後にした。
まだまだ飲んでる面々に、「安心して飲み続けろ」と伝えるために。
20019.3

                                                                             

☆ 我が身の不調もぼんのーのタネになる…とってもアホーな私。ナニも言いたくない。
  どこが「月?」というつっこみもしないでください。くすん。

☆ 実は、コレの素をくださったサイトさんがありまして。
  副とシャンクスもですが、“みんなのお父さん”ヤソップがかっこよくって♪
  もしもお許しもらえたら、リンクを貼りたいな〜と野望を燃やしてます。 




このページの壁紙とアイコンは、からいただきました。