微 睡



控えめにノックしても、返事はない。
ベン・ベックマンは、躊躇うことなくドアを開けた。



案の定、船長室の主は午睡の真っ最中だった。
シーツもないむき出しのベッドの上で。
布団も掛けず、丸くなっている。

当然だ。船長室のシーツは、ベン自身が今、肩に担いでいる。
あまりの快晴に、ランドリー担当が朝早く船中のシーツを引っぺがしていったのだ。

本当なら、晴天に真水を使っての洗濯など許されることではないが、
昨夜の雨で、水は潤沢にあるることでもあり、
観測方が二、三日中に雨が来ると予報を立てたこともあり、
大陸沿岸を走っている今ならと、副船長も誘惑に負けた訳だ。

まぁ船中のとはいっても、下っ端はハンモックを使っているし、
洗濯も基本的には自分でする。
例え雨が降ったときだけであろうと、だ。

つまりシーツをはがれたのは、幹部達だけなわけだ。
船長室などは当然、真っ先に引っぺがされた。


昼寝もできやしないとブーたれて船内をうろついていたシャンクスだったが、いつのまにやら自室に舞い戻ってきていたらしい。

「起こすと怒るんだよな、この人は」
小さく溜め息ついて、ベンはベッドのど真ん中で寝ているシャンクスを少し横に押す。
洗い立てのシーツを半分広げ、もう一度背中を押すと、シャンクスはシーツの上へと転がった。


しばらく様子を窺ったが、目覚める気配もなく、
シャンクスはますます丸くなってしまう。
まるきり胎児のポーズだ。
寝付くときには、大の字になっているのに、
熟睡すればするほど丸くなる。
そんなシャンクスを知っているのは、自分だけだと自負してはいるが
まるで自分自身を抱き込むような寝姿に、時々切なくなるベンだった。
まるで他人は要らないと言われているような気がして。
それとも、シャンクスの眠りには関われないのだと拒絶されているようで。


シャンクスに知られたら、
「勝手に深読みするんじゃねぇ。寝てるときのことまで知るか」
と怒鳴られること必至で、だから決して言えないことなのだが。

……………


シャンクスが寝ていた方にも、畳まれていたシーツを広げる。
寝ている者を動かさずに、シーツを交換する、副船長にとっては手慣れた作業だ。
―――シャンクスが左腕をなくした時、一月近くこうやって看護した。


そっとシーツを引っ張り、マットレスの下に敷き込む。
それでベッドメイキングは終わりだ。
今日のランドリー方は律儀な面々が揃っていたらしい。言っておいたとおり、船長室のリネンには糊は使わず、きちんと火のしでしわを伸ばしてある。
元々最高級品のアイリッシュ・リネンではあるが、シルクもかくやの手触りに仕上がっている。
「後で褒めてやらんとな」
管理職のように――実際この船の最高管理者は彼なのだが――ベンは頭の中のメンバー表をチェックした。



「……何だか、静かだな」
チェックしながら、ふと思う。

理由はすぐ分かった。
ベンが船長室に入ったが最後、睨め付けて突っかかってくるあの黒猫がいないのだ。


「珍しいこともあるもんだ」


何せ、あの黒猫ときたら、船長室を自分のなわばりと決めただけでなく、
シャンクスも込みで自分のものと決めたらしい。
他の者達にはさほどでないのに、ベンのことは目の敵にしている。

まぁ、船長室から放り出した一件が祟っているのも確かだが。
だからといって、なぜ副船長であり、シャンクスの公私共のパートナーである(はずの)自分が何で閉め出されなければならないのか……内心忸怩たるものがあるベンだった。


ストレートに噛みついてくるというならまだしも、シャンクスに怒られないように悪さをする。
つい先日も、机の上に置いといた煙草を、ベッドの下、壁際まで蹴り込まれた。
「猫だからなー、じゃれてるうちに奥に行っちまったんだろ」
シャンクスは言っていたが、あれは断じてそんな可愛げなタマではない。
すべて分かってやっているのだ。
と断言したくなる自分が、時々哀しくなるベックマンだった。
なんで、猫の留守を窺わなければならないのか……と嘆息したくなるほど、
どこへ出かけていようが、ベンが船長室を訪ねるとすっとんで帰ってくるのに。
珍しいこともあるものだ。


シャンクスが毛布を抱えているのも当然だ。猫の温もりがないのだから。
「もう一枚かけてやるか」

ベンチボックスの中から、薄手の毛布を出し、シャンクスの肩に掛けてやる。


――つっとシャンクスの右手が動いた。
毛布を握って口許まで引っ張り、それから、ぱちっと目を開けた。

「すまん、起こしちまったか?」
ベンは、慌てて謝罪したが、シャンクスは怒らなかった。
しばらく、ぼーとした目つきでベンを見つめ、そのままベンの手首を掴んで引っ張った。

「え?うわっ」
ベッドに引きこまれてしまった。油断していたとはいえ、右手だけで体格がこれだけ違うベンを引き倒すのだから……たいした力だ。

「シャンクス?」
起こされた腹いせなのかとも思ったが、シャンクスの目つきは、まだぼうっとしたままだ。
そのまま、妙にスローな動きで、シャンクスの右手がベンの頭をぽんぽんと叩く。

「おい?シャンクス?」

ベンの焦りをよそに、シャンクスはぐいぐいと身を寄せてくる。
まるで、猫や犬が鼻面を押しつけるように。
背を丸めた胎児のポーズのまま、ベンの胸元にすり寄って、ベンのシャツを掴む。

「おい?お頭?」

―――無言。一切聞いちゃいねえ状態。
そうして、そのまんま、眠り込んでしまわれたのだ。お頭殿は。
ベンのシャツをしっかり握ったまんま。




……………………
……………………
……………………


動くに動けず、ベンは、何度目かの溜め息をついた。
とうとう諦めて、目を閉じる。


珍しいほど凪いだ日和。
先へ進めない分、船内の仕事が片づくと予定していたものを……
とんだ狸の皮算用になりそうだ。
「ここらへんの航路も、海図に書き込まなくちゃいけないし、
食料庫の点検にも、もってこいの天候だってのに」


未練たらしく、予定していた仕事を指折り数える。
けれど、さほど残念そうでもない声だった。


すぐ目の前に、シャンクスの赤い髪がある。
シャンクスが身じろぎするたびに、赤い髪がベンの喉元に触れる。
目を閉じていても、すぐ傍にシャンクスの温もり。
少し高めの体温とともに、日向の匂いと潮の香とかすかな汗の匂いが
確かにそこに“ある”ものを伝える。



微かに帆を揺らす程度の風は乾いていて、洗い立てのシーツは肌に心地よい。
この、穏やかな午後。
――――なべて、世は、こともなく……



この午後、船の内でも外でも、何事もなかったのは、
誰にとっても、大変幸運なことであった。


この夜の酒宴では、十分に寝たシャンクスはもちろん、
副船長も、つねにない上機嫌であったとは、衆目の一致するところだった。


おかげで歯止めを失った酒盛りは夜明けまで続き、予想を超えて消費された酒に、賄い方は頭を抱えた。
が、案に相違して、アルコール補給のための寄港申請は、
副船長殿に、あっさり認められた。


そうして、立ち寄った醸造酒で有名な島で、
シャンクスはまたまたやらかすのだが。
それはまた、後の話………



ベンの焦った声、
などという珍しいものを聞き損なったことを、
シャンクスは知らない。
知っていたら、さぞかし悔しがったろうが。
知らぬが仏とは、よく言ったものである。


2001.9.12

                                                                        


☆ 掲示板でTさんに指摘されてしみじみつうか…ぼーと考えました。
  「副の本当の幸せってなんだろう」
  シャンクスを守ること?
  シャンクスを抱え込むこと?
  シャンクスと共に在ること?

  意外とこんなささやかなことかも知れない……というので、
  できた一編です。

☆ 晴天に洗濯なんて、海賊の風上にも置けん、なんてつっこみもお許しを。
   どりいむなんですぅ〜〜

☆ このSSのタイトル、「Between The Sheets」と、どちらにするか、
  最後まで迷いましたが、結局、漢字2字に。
  ホントは、「微睡み」なんですが、見た目重視で、「み」を除けました。
  突っ込まないでね。

☆ で、この間カッツェがどこにいたかというと……もにょもにょでして。
  
☆ 日付が……
  はい、あのテロの中継見ながら、こんなことやってたんですね。
  オタクは、もーしよーがない、で許してやって下さい。


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